[第3章]日本におけるデインヒル(デインヒル編) 過去の名馬

・ノースヒルズとデインヒル

日本で走ったデインヒルの産駒が、成功と言い切れるほどの結果を残したかどうか?
それに対する私の答えは「ノー」。
しかし、それはデインヒルが残してきた実績を踏まえて考えたものであり、この日本でもGI勝ち馬、レコード保持者などを輩出している。
活躍していないわけではないのだ。
「失敗」「期待外れ」のイメージは、デインヒルが偉大過ぎるがゆえの表現でしかない。
これを理解したうえで、日本におけるデインヒルの立ち位置を今回は考えてみる。

ちなみに私はデインヒルと聞くと、ノースヒルズの前田幸司オーナーを真っ先に思い出す。
常に世界へと目を向け、優秀な血統に対して貪欲な姿勢を見せる前田オーナーが、日の出の勢いだったデインヒルに注目するのは当然の流れだったろう。
実際、ノースヒルズ関連のデインヒル産駒は印象深い結果を残していると私は思う。

外国産馬として走ったゼネラリスト。
彼の重賞勝ちは金鯱賞とシンザン記念のみだが、レコードタイムで勝利したこともある。
デインヒルの特徴がスピードであったことを示した馬だった。
550キロ前後の大型馬だったブレイクタイムは、いかにもデインヒル産駒といった馬体をした馬で、そのレース内容もスピード一辺倒。
デインヒル産駒の在り方を、わかりやすく見せた馬と言っていいだろう。

ダービーで3着に好走したアタラクシアは、母父が凱旋門賞馬のダンシングブレーヴ。
長い距離に対する適性を示した、珍しいタイプのデインヒル産駒だった。
同馬を管理したのは池江泰郎さん。
ディープインパクトの管理調教師として有名になってしまった池江さんだが、実際は馬体のしっかりした馬を好む方で、デインヒル産駒のマッチョな馬体は池江さんの好みに合致していたように思ったものだ。
成績を調べれば、各々の調教師の得意分野が明確になると思うが、それは馬体の好みが大半を占めていると私は考えている。
意外に馬券検討にも役立つのではないだろうか。

・最も成功したデインヒル産駒

日本で走ったデインヒルの産駒で最も成功した馬と聞かれれば、その答えは決まっている。
伊藤雄二さんが管理したファインモーション。
GI2勝を含む重賞5勝をマークした彼女は、半兄に名馬ピルサドスキーがいる本物の才媛だった。

親しくさせてもらった伊藤先生の管理馬でもあり、私も当時のことをよく覚えている。
デインヒルの産駒でも2000m以上の距離を目指して作られたような血統だな。
最初はそんな印象を持ったが、ファインモーションはデインヒルの特徴であるスピードを隠し切れないレースを繰り返した。
他の馬とは身体能力が違っていたのだ。
あの馬の血が後世に残せていたのなら、日本を代表する牝系がひとつ増えていただろう。

ファインモーションが競走馬としてよりも繁殖牝馬としての可能性を買われ、日本に輸入されたことは有名な話。
彼女の現役時代から私も知っていることだ。
しかし、人間の思ったように物事が運ばないのがサラブレッドの世界。
染色体に異常があったファインモーションは受胎のできない体質により、産駒を残すことなく繁殖牝馬を引退した。
彼女の優秀な血を後世に残せなかったことは、日本競馬の発展を願っている一人の競馬人として、非常に残念なことであったと思う。

(※次回に続く)


【過去の連載馬】
[第1章]イメージと違う馬(マンハッタンカフェ編)
[第1章]恵まれない環境からの脱却(スクリーンヒーロー編)
[第1章]ダイワメジャーは大成功しているのか(ダイワメジャー編)

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