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    [第3章]ブライアンズタイム「ブライアンズタイムの弱点」

    ・ブライアンズタイムに傾倒しなかった理由 ブライアンズタイム産駒で私は16勝を上げているそうだ。 8勝しか出来なかったトニービンと比較すれば、その成績はまずまず優秀に見えるかもしれない。 だが、16勝のうちの7勝はオースミステイヤーがマークしたもの。 2歳秋の京都開催で新馬勝ちし、8歳の夏まで走り続けたこの馬がいなければ、ブライアンズタイム産駒もトニービンと同様に、凡庸な成績で終わっていたかもしれない。 ブライアンズタイムの血統は魅力的だった。 だが、それでもサンデーサイレンスほどの魅力を私が感じることは一度もなかった。 トニービンと違い、ブライアンズタイムは初年度産駒から期待値が高く、それと比例して馬の値段も高かった。 調教師にとって、大きなレースを勝つことは重要なこと。 その目標を持たずに調教師の仕事を続けることは難しい。 だが、馬をできるだけ安く買い、その金額以上の賞金を獲得することも、同じくらいに大事なことだと私は考えている。 競走馬の所有を続けたいとオーナーに思ってもらうこと。 産駒の値段が高かったブライアンズタイムは、私の理念から少し外れてしまったのだ。 ・ブライアンズタイムとサンデーサイレンスの違い サンデーサイレンス産駒の値段も高かったではないか? そんな声もあるかもしれない。 しかし、サンデーサイレンス産駒に関しては絶対の自信を私は持っていた。 この血統でなら、大きな“ハズレ”を引くことがない。 走るサンデーサイレンス産駒の特徴を私は知っていた。 だが、ブライアンズタイムは違う。 ブライアンズタイムの大きな特徴が“立ち繋”であることは、連載の最初ですでに述べた。 これが判断を難しくしている。 ブライアンズタイムの血が入っている馬は、ダート向きと言われることがあるが、これも繋が立っていることと無関係ではない。 繋の柔らかいサンデーサイレンスの系統と違い、ブライアンズタイムは芝でスナップの利かない馬が少なくなかった。 実際に走らせてみるまではわからない。 これが致命的だった。 トニービンはサンデーサイレンスとの比較で早熟性が足りず、ブライアンズタイムはサンデーサイレンスよりも柔らかさが足りなかった。 だからこそ、私はトニービンやブライアンズタイムではなく、サンデーサイレンスの系統に重きを置いていたのだ。 ナリタブライアン、マヤノトップガンだけでなく、シルクジャスティス、ファレノプシスというGⅠ馬を輩出したブライアンズタイム。 産駒のタニノギムレットはウオッカという名牝の父にもなった。 だが、そんなブライアンズタイムの系統も、サンデーサイレンス系ほどの発展はしておらず、後継種牡馬もほとんど育っていない。 三冠馬を輩出したブライアンズタイムの血は、牝系で残していくことになる。 厳しいが、それがサラブレットの生きる世界なのだ。

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    [第2章]ブライアンズタイム「ブライアンズタイム産駒に思う」

    ・三冠馬の血統を考える ブライアンズタイムの最高傑作──。 三冠馬のナリタブライアンこそが、その馬であることに異論はないだろう。 だが、ナリタブライアンはコンパクトでスラッとした馬体の持ち主。 腹回りがボテッとし、それが特徴されるブライアンズタイム産駒とは、一線を画した馬だった。 ブライアンズタイムの代表産駒はナリタブライアンだが、彼自身は母系の影響が強い馬だったと、私は考えている。 祖母パシフィックプリンセスの父はダマスカス。 日本で有名なのはオジジアンを父に持つエイシンワシントン。 快速で鳴らした同馬もダマスカス系で、ミスタープロスペクターが出てくるまで、アメリカ競馬の代表的な種牡馬として知られたダマスカスの子は、とにかく高値で取引された。 ダンスパートナーの姉にダマスカスを父に持つ馬がいるが、それもかなり高い。 40万ドルで取引されるような馬が、ダマスカスが掛かるだけで240万ドルにもなる。 それほどの肌にノーサンダンサーを掛けたのが、ナリタブライアンの母であるパシフィカスだ。 この血統の凄さは母系にこそある。 少なくとも私にとってのナリタブライアンは「ダマスカスの血が騒いだ馬」だった。 ・不思議な縁があったマヤノトップガン ナリタブライアンよりもマヤノトップガンのほうが、ブライアンズタイム産駒のイメージに近い馬だろう。 実は当歳時のマヤノトップガンを私は見たことがある。 この馬を生産した川上牧場は新冠にあるが、すでにマヤノトップガンは襟裳(えりも)のほうに移動していた。 ゆえに私は襟裳のほうまで、彼を見に行ったと記憶している。 そこまでして、彼を見たかった理由──。 それは彼の血統背景にあった。 私は種牡馬よりも、母系に注目して馬を探すことが多かった。 繁殖の良さを種牡馬が引き出せるのか? 常に興味を持っていたのはそこだ。 マヤノトップガンの母父は底力に富むブラッシンググルーム。 栗毛の馬体に母系の影響を強く感じた。 だが、同時に晩成タイプのような印象も持った。 それが購入を決断できなかった理由だった。 実際に未勝利を勝つまでに4戦も要し、出世の足がかりを掴んだのも3歳の夏。 見立て通りの晩成タイプだったが、彼が頭角を現したレースに、私は自身の期待馬を出走させていたのだから、皮肉なものだ。 スリリングアワーというサンデーサイレンス産駒。 1番人気はマヤノトップガンではなく、私の管理馬のほうだった。 逃げるスリリングアワーをあっさりと交わし、マヤノトップガンは簡単にこのレースを勝つ。 あの馬は爪があまり強くなく、当時もその影響があったはずだが、まるで力が違った。 そのレースを見て「この馬は相当な大物になる」と。 同時に逃がした魚は大きかったとも…。 その後の活躍はご存知の通り。 彼はGIを4勝し、競馬史に残る名馬になっていったのだ。

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    [第1章]ブライアンズタイム「ブライアンズタイムの魅力」

    ・早田牧場が導入した馬 サンデーサイレンス、トニービンと同時期に活躍し、結果も残したブライアンズタイムの能力も相当なものがあったと考えていいだろう。 ブライアンズタイムは早田牧場が中心となって、シンジケートが組まれた種牡馬だ。 2002年に早田牧場は破産。 あの牧場が無くなって、すでに15年近い年月が経ったが、早田社長の競馬に対する情熱は現在も記憶に鮮明だ。 とにかく行動力が凄い。 11月のセールなどで海外に行くと、そこには早田社長の姿があった。 何度も声をかけてもらった。そんな思い出がある。 ブライアンズタイムのシンジケート結成に際し、私はマルブツの社長である大沢オーナーに「このシンジケートに入ったら」と薦めている。 大成功して良かった。 心の底からそう思っているが、サンデーサイレンスに感じたような“ひらめき”をブライアンズタイムにも感じたのかと聞かれれば、その質問には「ノー」と答えるほかない。 ブライアンズタイムはいわゆる“立ち繋”の馬だった。 柔らかい繋が武器だったサンデーサイレンスとは対照的。 しかも、腹がボテッとしていて、軽さが感じられなかった。 母の父にブライアンズタイムを持つ皐月賞馬のディーマジェスティは、ディープインパクト産駒でもコロンとした体型をしているが、あの馬はブライアンズタイムの影響を強く受けている。 良く言えば重厚、悪く言えばモッサリ。 それがブライアンズタイムという馬だった。 ・ブライアンズタイムの魅力 では、私はブライアンズタイムの何に魅力を感じ、大沢オーナーにシンジケート入りを薦めたのか? その理由は血統だ。 リアルシャダイの成功で注目を集めていたロベルトの産駒。 グラスワンダーを輩出したシルヴァーホークも、ロベルトを父に持つ種牡馬だった。 もっと広範囲で考えれば、ブライアンズタイムはサンデーサイレンスと同じヘイルトゥリーズンの系統でもあった。 この系統は日本に合うという感触を当時の私は持っていたのだ。 母系に目を転じれば、ブライアンズタイムの母父はクロースターク。名馬リボーの直子だ。 ヘイルトゥリーズンにグロースターク、リボーの掛け合わせ。 この血統背景なら、走っておかしくない──。 ブライアンズタイム自身もフロリダダービーを勝つなど、それなりの競走成績を残している馬だったことも決め手になった。 私自身がブライアンズタイムの産駒に夢中になることはなかったが、それはサンデーサイレンスという傑出した存在がいたことに加え、ブライアンズタイムの子供が高値で取り引きされていたことが理由。 トニービンと違い、毛嫌いしていたわけではなかったのだ。

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    [第3章]トニービン「トニービン産駒の最高傑作」

    ・トニービン産駒の最高傑作 トニービン産駒の最も優秀な馬は、エアグルーヴをおいて他にないと私は思っている。 現役時代の成績も優秀だが、彼女は繁殖に入ってからも輝きを失わなかった。 そこが素晴らしい。 パロクサイドを祖に持つこの血統は、牝馬の活躍馬が多いことで以前は知られていた。 だが、最近ではルーラーシップやドゥラメンテが、彼女の血を父系から発展させようとしている。 今後の生産界において、彼らは重要な役割を果たしていくだろう。 非常に楽しみだ。 エアグルーヴ自身のことを言えば、私は彼女がトニービンに似ていると思っていない。 牝馬でも470キロと馬格があり、ボリュームもあった。 母ダイナカールの父であるノーザンテースト。 エアグルーヴは祖父であるこの馬の影響が強かったのではないか。 だが、それこそが種牡馬トニービンの優秀さを示すものだ。 サンデーサイレンスでもそうだが、大種牡馬と呼ばれる馬は、自分のカラーを出すだけでなく、母系のいい面を引き出す力を持っている。 トニービンもそうだった。 ゆえに大種牡馬となれたのだ。 ウイニングチケットと同じく、エアグルーヴも伊藤雄二厩舎の所属馬だった。 伊藤先生は他にもエアダブリンを管理しており、トニービン産駒のジャッジでは、素直に伊藤先生のほうが自分よりも上というほかない。 素晴らしい相馬眼。 尊敬に値する方だ。 ・産駒が活躍した理由とは 最後にトニービンの血統について、改めて考えてみたい。 トニービンの父はカンパラ。 その祖父カラムーンは仏2000ギニーにリュパン賞、ジャックルマロワ賞を勝っている。 豊富なスピードを持っている馬だった。 グレイソヴリン系はヨーロッパの馬の中でも、スピードがあることで知られている系統だ。 当時の馬で言えば、タマモクロスがグレイソヴリン系にあたる。 しかも、トニービンが頭角を現したイタリアは芝が軽く、日本に近いと言われていた。 日本でも走れる下地が、トニービンにはあったのだ。 だが、タマモクロスもトニービンと同じような晩成タイプ。 結果を出すのは古馬になってからというイメージを自分の中で作ってしまっていた。 なんと惜しいことをしたのか、と現在は思う。 その理由は5×3×5というハイペリオンのインブリード。 ハイペリオンは昔からの大種牡馬で、この血を持っている馬は底力と成長力に富む。 改めて見返せば、走って不思議のない血統だったのだ。 私はトニービン産駒で8勝しかしていない。 55勝もさせてもらったサンデーサイレンスとは対照的。 これだけの大種牡馬で、この程度の結果しか残せなかったのだから、私には縁のなかった馬というほかないだろう。 私が嫌った華奢な馬体が、私の相馬眼を鈍らせた。 そんな結論で、この馬の話を締め括りたい。

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    [第2章]トニービン「ウイニングチケットという馬」

    ・その血統に惹かれて 1993年の日本ダービーを制したウイニングチケットは、トニービンの最初の代表産駒と言うべき存在だ。 名手・柴田政人騎手に初のダービータイトルを贈った馬。 ビワハヤヒデ、ナリタタイシンとの三強対決は、現在も競馬ファンの語り草になっているが、そのハイライトと言えるレースが、ウイニングチケットの勝った日本ダービー。 1990年代を彩った名馬だった。 ウイニングチケットの二つ上の兄にマルブツパワフルという馬がいる。 父はノーザンダンサー系のプルラリズム。 母パワフルレディの母父はマルゼンスキー。 この連載を読んでいる方なら、私がマルゼンスキー肌の牝馬に執着していたことは、すでにご存知だと思う。 いずれはマルゼンスキーに関しても話をしたいと思っているが、彼自身が持つ圧倒的なパワーと血統背景に私は惹かれていた。 だが、マルゼンスキー肌の馬というのは、簡単に手に入らない。 単にマルゼンスキーの肌というだけでなく、それなりの血統背景を持つ血筋の馬ともなれば、入手することはさらに難しくなる。 名門スターロッチの血統は素晴らしい。 この血統を手に入れようと思ったら、未勝利馬の子供しかいない。 その最初の布石として選んだのが、マルブツパワフルだった。 母が未勝利のパワフルレディなら、この名門の血を手に入れることができるかもしれない。 この馬を手に入れ、この優秀な血統に唾をつけておきたい。 マルブツパワフルの購入には、そんな背景があったのだ。 ・当歳時の印象は… マルブツパワフルは見栄えのいい馬だった。 だからこそ、彼の購入に迷いはなかった。 だが、ウイニングチケットは違う。 生まれて十日前後で彼を見た。 華奢な馬だった。 まるで鹿みたいだ。 いや、キリギリスという表現が適当だろうか。 キュウリに割り箸が刺さっているようだ。 そんな印象しか持てなかったのだ。 現在なら違う。 トニービンの子はこんなものだ、と思っただろう。 だが、初年度だったばかりに勝負できなかった。 牧場にはこう言った。 「改めて見に来るから、また見せてくれ」 だが、私にその次はなかった。 ウイニングチケットを生産した藤原牧場は、伊藤雄二先生と繋がりが深かった。 しかも、決断に二の足を踏んだ私と違い、伊藤先生はトニービン産駒のジャッジが的確だった。 ウイニングチケットがホープフルSを勝った日。 兄のマルブツパワフルをホープフルSの次のレース(92ジョッキーズグランプリ)に出走させ、私は勝利させている。 なのに、大沢オーナーは「どうしてあの馬(ウイニングチケット)を買わなかったんや」と。 記念写真を撮影する時に怒られてしまった。 あまりにも苦い思い出だ。 トニービンの特徴を把握できなかったばかりに、私は未来のダービー馬を取り逃してしまったのだから。

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    [第1章]トニービン「トニービンの印象」

    ・能力を計り損ねた馬 トニービンという種牡馬に対し、調教師としての自分が興味を示すことは、ほとんどなかった。 あれほどの実績を残した大種牡馬。 彼の血の優秀さだけでなく、日本の生産界に与えた影響の大きさも現在は認識している。 なのに、私はトニービンの存在を無視してきた。 この連載だけでなく、多くのメディアで、私は自身の性格についても言及してきたつもりだ。 注目を集めるようになってからでは遅い。 誰かが唾を付ける前に動く。 その信念こそが勝ち組に回る重要な要素なのだ、と。 だが、誰よりも先物買いを好む私が、トニービンに関してだけは二の足を踏んだ。 サンデーサイレンスのような、超が付くほどの大物でなかったにしろ、現役時代に凱旋門賞を制したトニービンも、10億円を超える金額でシンジケートが組まれた馬。 期待値は低くなかったと思う。 だが、初年度産駒が活躍するまでの彼の種付け頭数は60頭前後で推移。 凡庸とは言わないまでも、いわゆる人気種牡馬ではない。 付け入る隙は、いくらでもあったはずだ。 なのに、なぜ? 多くの読者が思う疑問に対し、私なりの見解とそれにまつわるエピソードのいくつかを、これから紹介していきたい。 相馬眼に自信を持っている私に、あまりにも苦い思い出を残した珍しい馬。 それがトニービンだ。 ・初年度産駒が大活躍 本題に入る前にトニービンという種牡馬の紹介をしたい。 1989年、社台スタリオンステーションで種牡馬生活を始めたトニービン。 その初年度産駒たちが、GI戦線でいきなり大活躍する。 日本ダービーを勝ったウイニングチケット、 桜花賞とオークスの二冠を制したベガ。 古馬になって安田記念、マイルCSを勝った名マイラーのノースフライト。 天皇賞(秋)で追い込み勝ちを決めたサクラチトセオー。 現役時代に重賞を2勝し、母となってハーツクライという大物を輩出したアイリッシュダンスもトニービンの初年度産駒だった。 なぜ、こんなにも早い段階から? トニービンが本格化したのは4歳を迎えてから。 凱旋門賞を勝ったのは5歳の時だ。 そのイメージは晩成──。 サンデーサイレンスの産駒が初年度から活躍することは予見していた。 ある種の早熟性をサンデーサイレンスは持っている。 その早熟性は、スピードという言葉に言い換えることができた。 ゆえにサンデーサイレンスの成功を確信できたのだ。 しかし、トニービンは違う。 彼の産駒は総じて晩成タイプ。そう思っていた。 それがトニービンの成功を予見できなかった理由の1つ。 だが、私がトニービンを嫌った理由が、実は他にもあった。 それこそが、私に苦い思い出を与えたのだ。

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    [第5章]サンデーサイレンス「サンデーサイレンス産駒への思い」

    ・初年度の活躍が大きかった 伊藤雄二調教師が管理したプライムステージは、サンデーサイレンスの産駒で初の重賞制覇を飾った馬。 気性が激しく、調整にかなり苦労した面があったようだが、彼女がいきなり結果を出したことは、サンデーサイレンスの将来に大きな影響を与えたと思う。 新種牡馬にとって、2歳の北海道シリーズで結果を出すことは重要なことだ。 早い時期に仕上がるということは、早熟性があるだけでなく、2歳戦で活躍できるスピードを持っている証明でもある。 それをアピールしたことで、サンデーサイレンスに対する我々の信頼度は格段に高くなった。 サンデーサイレンスは初年度産駒から優秀だった。 夏の新潟でフジキセキとタヤスツヨシがデビューし、ジェニュインや私の管理したダンスパートナーがそれに続いた。 ざっと馬名を列挙し、もしかしたら察知した方もいるかもしれないが、サンデーサイレンスが初年度から実に多様なタイプの馬を出している。 切れを有した馬もいれば、豊富なスピードを持っている馬もいた。 最もサンデーに似ていた馬となると、スピードの持続性に秀でたフジキセキあたりになるのだろうか。 ・大成できなかったサンデーサイレンス産駒 最後に私とサンデーサイレンスとの関連について述べさせていただきたい。 私はサンデーサイレンスの子で55勝もしているそうだ。 そんなに勝っていたのか──。これが正直な感想。 私に最初のGIをプレゼントしてくれたダンスパートナー、ダービーを勝ってくれたスペシャルウィーク。 フサイチパンドラもGIを勝ったサンデーサイレンス産駒だ。 だが、過去の連載で多くのことを紹介した彼らの話は割愛し、成功できなかったサンデーサイレンス産駒について。 今回は3頭の馬を取り上げさせてもらいたい。 アイリッシュダンスを母に持つアグネスシラヌイ。 有馬記念やドバイシーマクラシックを勝ったハーツクライの全兄にあたる馬だ。 ハーツクライもそうだったようだが、母父であるトニービンの影響が強いのか、この馬は腰が甘く、完成するまでに時間がかかった。 そして、とにかく気性が激しかった。 通算6勝、1億円以上の賞金を稼いでくれたのだから、失敗と言えないはずだが、残念ながら弟が偉大すぎた。 私自身はよく頑張ってくれたと感謝をしている。 青葉賞で2着に入ったこともあるプレシャスソング。 彼は私が求めたシラオキの血統を持っている馬で、その配合パターンはスペシャルウィークに近い。 違うのはプレシャスソングの母父がナイスダンサーだったのに対し、スペシャルウィークはマルゼンスキー。 その差が出たのかもしれない。現在ではそう思う。 母系の能力をダイレクトに出すのがサンデーサイレンスの特徴。 だからこそ生まれた現象と言えるのではないだろうか。 ニューイングランドはGIを勝った馬たちと遜色のない能力を持っていたと考えている馬だ。 彼はサンデーサイレンスの仔にしては珍しい栗毛。 サイレンススズカと似たことがこの馬にも言えた。 祖母のプレイメイトはウッドマンの母。 この馬の毛色が栗毛だった。 母父はダンジグ直子ながら距離をこなせるチーフズクラウン。 チーフズクラウンの祖母は名牝クリスエバートで、この馬もまた栗毛だった。 どちらの影響が強く出ていたのかはわからないが、私はその部分に強く惹かれた。 無事でさえあればクラシックに出走し、活躍できたはずの馬。 わずか7戦のキャリアで4勝2着2回の成績をあげたのだから、その見立てにほぼ間違いはないだろう。 私が管理した馬の中で最も「惜しい」と思わせたサンデーサイレンス産駒。 それがニューイングランドだということを、この項の最後に伝えておきたい。

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    [第4章]サンデーサイレンス「サンデーサイレンスの最高傑作」

    ・サイレンススズカという馬に思うこと サンデーサイレンスと相性がいいのはノーザンダンサー系。 私は常にそう思って馬を探してきた。 しかし、その考えは正解だったのだろうか? サンデーサイレンスは母系のいいところを引き出す種牡馬。 そして、数多くのサンデーサイレンス産駒の中で、私が最も素晴らしいと感じた馬は、母系がノーザンダンサー系の馬ではなかった。 サイレンススズカ。 この馬が種牡馬となり、現在の生産界に存在していたら、どれほどの影響を残していたのだろう。 仮に自分が生産者で、種付けする種牡馬を選べるとしたら、絶対に付けたい──。 そう思わせる馬だった。 サイレンススズカの魅力は絶対的なスピード。 重賞を走るような馬であっても、サイレンススズカのスピードにはついていけない。 自分のペースで走り、そのまま後続をちぎってしまう。 サンデーサイレンスの成功を予見できたのは、同馬の類い稀なスピードをこの目で見ることができたからだが、サイレンススズカはサンデーサイレンスを超えるほどのスピードを持っていた。 相性がいいと考えていたノーザンダンサー系ではなく、ミスタープロスペクター系から出現したことも、私の興味を誘った。 あの馬の毛色は栗毛。 サンデーサイレンスではなく、同じ栗毛だった母父ミスワキの影響を受けていることは一目瞭然だ。 ミスタープロスペクター系の持つスピードに関しては、血統の話をする際に何度か話をさせてもらっていると思うが、サイレンススズカはそれを具現化した存在だった。 仮にサイレンススズカが種牡馬として、数年でも活躍することが出来ていれば…。 おそらくはミスタープロスペクターの持っていたスピードを、産駒にしっかりと伝えてくれていたと思う。 惜しかった。 生産界は本当に惜しい馬を失ったと思う。 ・サンデーサイレンスの偉大さとは 話は少し逸れるが、小柄な大種牡馬として知られるノーザンダンサー。 実際に馬を見る機会はさすがになかったが、その写真などを展示してあるアメリカのミュージアムに私は行ったことがある。 背も低いし、小さくて見栄えのしない馬。 並んで飾ってある在来種の写真とそれほど変わらない。 だが、ノーザンダンサーは母系のいい面を引き出しながら、自身の勝負根性を産駒に伝えた。 ノーザンダンサー直子であるノーザンテーストも大きな馬ではなかったが、日本で隆盛を誇った。 彼もまた自身の特徴とともに、母系の長所を引き出した種牡馬だった。 サンデーサイレンス産駒の小さい種牡馬たちを見て、私はサイレンススズカの可能性を想像する。 ディープインパクト、ステイゴールドといった小さな馬たちが、自身の能力をしっかりと産駒に伝えた。 おそらくはサイレンススズカも同じだっただろう。 サンデーサイレンスに話を戻そう。 サイレンススズカの存在により、サンデーサイレンスという種牡馬が相手を選ばないオールラウンドな存在なのだと私は認識した。 ノーザンダンサー系の切れを引き出すだけではない。 どの系統の母系でもあっても、その長所を引き出してしまう特別な種牡馬。 多くの後継種牡馬に恵まれているサンデーサイレンスだが、それでも彼を超えるほどの種牡馬は出てきていない。 サンデーサイレンスは唯一無二の存在。 現在もその考えは変わっていない。

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