過去の名馬から海外の競馬事情までを網羅した、読みごたえ十分のオリジナル・コラム!

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    [第6章]「ディープインパクト産駒の可能性」(ディープインパクト編)

    ・配合の概念を変えた ディープインパクトのニックスの相手として知られるストームキャットとフレンチデピュティ。 彼らはスピード系統の種牡馬だが、現役最強の声も上がるサトノダイヤモンドの母系もスプリンター。 その血統背景を理由に菊花賞で評価を下げてしまったファンも少なくないと思うが、実は私もその一人だ。 ディープインパクトの全兄ブラックタイド。 彼はキタサンブラックという名馬を輩出したが、この馬の取捨にも私は悩まされ続けた。 父がサクラバクシンオー。 この血統で3000mをこなせるはずがないと考えていたのだが…。 結果はご存知の通り。 いくつかのレースで恥ずかしい思いをしてしまった。 あの馬の出現以降、私は自分の考えを改めている。 結果を残しているディープインパクト産駒の配合パターンが、同じ血統を持つブラックタイド産駒のキタサンブラックにも応用可能だった。 そのことに気付いたからだ。 同じ血統構成であるブラックタイドもディープインパクト同様にステイヤーとしての資質を、その体内に宿している。 サクラバクシンオーを掛け合わせることで、配合の定石であるスピード+スタミナが成立。 加えてサンデーサイレンスの特徴だった“しなやかさ”も有した馬が誕生したわけだ。 ディープインパクトと同じサンデーサイレンス産駒だったブラックタイドは、決しておとなしい馬ではなかったはずだ。 なのに、その産駒であるキタサンブラックのパドックは、他の馬とは一線を画すほどに集中していて、すごくおとなしい。 サクラバクシンオーとの掛け合わせなら、もっと前向きな性格の馬が出ても不思議でないはずだが…。 ニックスとの表現でも足りないほどの不思議な感覚を、私はキタサンブラックに感じる。 彼はサクラバクシンオーにも通じる頭の高い走法で、スピードに寄ったイメージを醸し出している。 それでも、3000m以上の距離に対応してしまった。 サンデーサイレンス系とひと括りに扱えないものを、ディープインパクトとブラックタイドの兄弟は持っているのではないか。 両馬の中に眠るハイクレアの血が、それを演出しているのかもしれない。 ・クラシックに強い理由 ディープインパクト産駒の成績は芝の中距離が圧倒的だ。 しかも、3歳の早い段階で完成する。 なぜ? ディープインパクトを種付けした生産者の思いが、私には透けて見える。 何度も言うが、ディープインパクトの種付け料は高額。 ゆえに早く結果を出し、早く楽になりたいのだ。 ディープインパクト産駒には、マカヒキのような1月生まれの馬が少なくない。 早い段階で種付けをし、他のどの馬よりも先に完成させたい。 そこには「クラシックに間に合うような使い方をしてほしい」という生産者の意図があるのだ。 ダービーを頂点にした3歳の番組を頭に入れれば、スプリント戦を使い続けることに意味は見出せない。 ディープインパクトの仔がスプリント戦で結果を残していないのは、生産段階からクラシックを意識し、そこで結果を出してしまうため。 決してスピードが不足しているからではないという認識は、持っておいたほうがいい。 むしろ、ステイヤーとして扱ってきたディープインパクトが持っている本質的なスピードは、他の種牡馬と比較しても、なんら見劣りはしないものだろう。 それでも、スピードを母系に持たない配合の産駒を狙うのはリスキーと言っておきたい。 ディープインパクトの相手を務める繁殖牝馬は、総じてレベルが高い。 だからこそ、相性のいい配合パターンは高い確率で成功する。 購入者がディープインパクトに求めているのは、GI勝利という高い目標。 スタミナ×スピードという定義が完成しつつある現在、次代のクラシック候補を探す作業は、以前よりも難しくなくなっているのではないだろうか。 【過去の連載馬】[第1章]「トニービンの印象」(トニービン編)[第1章]「ブライアンズタイムの魅力」(ブライアンズタイム編)[第1章]「神に選ばれた馬」(ラムタラ編)

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    [第5章]「ニックスが生む不思議」(ディープインパクト編)

    ・母父ストームキャットについて 日本ダービーを制したキズナを筆頭に、ラキシスとサトノアラジンの姉弟、桜花賞を制したアユサンの母父もストームキャットだ。 彼はディープインパクトのニックスとして、現在ではその名を広く知られている。 だが、ストームキャットという種牡馬のみについて、改めて考えてみてほしい。 彼が芝の中・長距離をこなすというイメージを持てるだろうか? おそらくは無理だろう。 ストームバード×セクレタリアトという血統背景の同馬は、長らく短距離系の種牡馬として認識されていた。 私が管理し、フェブラリーSを勝ったメイショウボーラーもストームキャットの血を持つ馬だ。 ストームキャットの血を体内に持つ馬は、そのほとんどが気性の激しい馬になる。 母父がストームキャットのメイショウボーラーも激しい気性の持ち主で、それは年齢を経るごとにきつくなっていった。 その血統がスピードに寄ったものであることは否定しない。 しかし、あまりにも激しい気性により、レース前に体力を消耗してしまう。 それこそが、距離に限界を作ってしまう理由のひとつでもあったのだ。 長距離馬に短距離馬を掛け合わせていく。 これは定石とも言える配合のパターン。 今回で言えば、豊富なスピードを持つストームキャットに、本質はステイヤーであるディープインパクトのスタミナを加える。 もちろん、ディープインパクトがステイヤーであるという認識があってこそ成立する配合だが、その考えに間違いがないのは、前回までの考察で、理解していただいていると思う。 だが、このニックスには理屈で説明できない点がひとつある。 サンデーサイレンス系の気性の激しさは誰もが知るところ。 言わば、ディープインパクトとストームキャットという配合は、燃えすぎる系統同士の掛け合わせになる。 同じネガティブ要素を抱えているはずの配合。 なのに、クラシックディスタンスで戦えてしまう馬が登場する。 なぜ、レース前に燃え過ぎてしまう馬が出てこないのか? それが本当に不思議でならないが、説明がつかないからこそ“ニックス”という表現が使われているのだろうか。 掛け合わせの妙味とでも言えばいいのだろうか。 フレンチデピュティはストームキャットよりも距離のレンジが広く、ダートでも勝負できるパワーを備えている。 同馬を母父に持つディープインパクト産駒は、他の馬よりマッチョに出ることが多いが、これはフレンチデピュティの遺伝力の強さが影響していると思われる。 昨年のダービーを勝ったマカヒキもディープインパクト産駒にしてはパワータイプの馬体。 しかし、彼のような馬体を持つ馬であっても、力のいる馬場になった京都記念では3着。 結果を残せなかった。 外見はフレンチデピュティでも、その内面はディープインパクト。 その考えが正しいのかどうかは、これまで以上に増えているこの配合の産駒たちが、証明していくことになるだろう。 【過去の連載馬】[第1章]「サンデーサイレンスの本質」(サンデーサイレンス編)[第1章]「トニービンの印象」(トニービン編)[第1章]「ブライアンズタイムの魅力」(ブライアンズタイム編)

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    [第4章]ディープインパクトの血統を考える(ディープインパクト編)

    ・強さの秘密は母系 ディープインパクトは規格外の馬だ。 しかし、彼は突然変異のように生まれた存在ではない。 同じアイドルホースでも、血統的なバックボーンが乏しかったオグリキャップとは違う。 その体内には、後世に残すべき優秀な血が流れているのだ。 父のサンデーサイレンスについて、改めて語る必要はないだろう。 母ウインドインハーヘアはブラックタイド、オンファイアなど、ディープインパクト以外にも能力の高い馬を輩出した、非常に優秀な繁殖牝馬。 血統表を改めてチェックすればすぐにわかることだが、あまりにも多くの活躍馬が、この牝系から出現している。 要するにディープインパクトを産んだウインドインハーヘアだけでなく、この血統そのものが優秀なのだ。 ディープインパクトから数えて3代前。 母の母の母という位置にハイクレアという牝馬がいる。 キングジョージで名牝ダリアの2着という結果を残した彼女は、エリザベス女王の所有馬としても知られていた。 これは私の私見なのだが、女王陛下が所有されているような馬は、血統にほぼ間違いがない。 遠い昔から根付き、幾多の血統から選ばれた血を持つ馬のみが、エリザベス女王の所有馬となることを許される。 1971年に生まれたハイクレアも同様。 選ばれた血を持つ彼女の存在こそが、この系統の繁栄をもたらしたと考えていいだろう。 マイル系の種牡馬と認識しているのが母父アルザオ。 父にリファールを持つ同馬が、ディープインパクトの母系に眠るスピードの要因かもしれない。 しかし、サンデーサイレンス×アルザオという掛け合わせを持って、ディープインパクトをマイラーと認識するのは間違いだ。 ハイクレアから受け継がれた豊富なスタミナこそが、ディープインパクトの強さの根源となっているのだから。 ・ニックスの重要性 ディープインパクトには、常識的にはありえない配合で、距離をこなすパターンが存在する。 いわゆるニックスだ。 私がニックスを意識した最初の配合パターンがプリメロにソロナウェー。 この掛け合わせをした馬に“ハズレ”はほとんどなく、それを知った私は単なる種牡馬、繁殖牝馬の能力や血統的なバックボーンだけでなく、系統の相性を重視してきた。 ニックスを競走馬選定の大きな要因にしてきたのだ。 アメリカの馬の血統表を見ると、ミスタープロスペクターにエーピーインディの掛け合わせを持つ馬が多くいるが、これもニックスのひとつ。 ミスタープロスペクターのインブリードが当たり前になった近年では、同時にエーピーインディのインブリードも成立している馬が少なくない。 多重ニックスと表現すればいいのだろうか? 外国産馬の面白いところは、このようなチャレンジが多く見られるところだ。 ディープインパクトのニックスとして、最も有名なのはストームキャット。次がフレンチデピュティだろう。 なぜ、これらの馬たちが、ディープインパクトのニックスの相手として成功するのか? 次回はそのあたりを考察してみたい。 【過去の連載馬】[第1章]「スペシャルウィークが名馬である理由」(スペシャルウィーク編)[第1章]「サンデーサイレンスの本質」(サンデーサイレンス編)[第1章]「トニービンの印象」(トニービン編)

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    [第3章]「池江厩舎だからこその名馬」(ディープインパクト編)

    ・ディープインパクトを管理した伯楽 現役時代のディープインパクトを管理していたのは池江泰郎さん。 オルフェーヴルを管理し、現在がサトノダイヤモンドを手掛けている池江泰寿調教師は池江さんのご子息になる。 本題に入る前に、池江さんに関係する私との余談をひとつ。 日本ダービーを制覇し、秋に三冠挑戦を控えるディープインパクトの夏の過ごし方について、池江さんに相談されたことがある。 「どうすべきだろうか?」と。 GIを戦っていくような競走馬は春シーズンの疲れを癒し、秋に向けての英気を養うために放牧へと出す。 これが一般的な夏の過ごし方。 この数年で格段の進歩を遂げた現在の環境なら、私もそれを推奨しただろう。 しかし、当時は牧場先の技術、施設が最前線で戦う我々のレベルに届いていなかった。 心配な材料が多かったのだ。 「自分の手元に置いて、涼しいところでやるのがええんやないかな」 私の意見を参考にしたかどうかは定かではないが、池江さんはディープインパクトを北海道の札幌競馬場に連れて行った。 有休も盆休みもない。 当時の池江さんはゲッソリしているように私には見えたが、それくらいの心血を注ぎ、十分なケアをしていかなければ、物事は上手に進んでいかないものだ。 ・競走馬は生き物 慎重派でありながら、やるべき時はやる──。 きめ細かい面と大胆さを合わせ持った調教師だった池江さんの調教方針が、ディープインパクトという馬にマッチした。 すべてのことの前提として、この事実がある。 調教の仕方が馬に沿ったものでなければ、上のクラスでの活躍もできないし、タイトルを獲得することもできない。 坂路で鍛えに鍛えたミホノブルボンなどは、その好例と言うべき存在。 競走馬はモノではない。 やり方を間違えれば、能力を開花させるどころか、せっかくの資質まで潰してしまう。 人の手によって、作られる部分が大きいのが競走馬だ。 引退が近づくに連れて、ディープインパクトは馬体重が減少していった。 そんな話を前回にさせてもらった。 有馬記念に登場した彼の姿は、慎重すぎるほどのケアをしながら、やるべき時は徹底的にやるという池江さんの調教方針が、表れたものではなかっただろうか? ディープインパクトのレースを振り返るたびに思う。 彼は長距離に照準を合わせ、作られてきた馬だと。 人間に置きかえて考えれば、わかりやすい。 マッチョでゴツい見た目のマラソン選手はいないだろう。 キャリア終盤のディープインパクトの姿は、まさにその印象だった。 その馬体に無駄なところがひとつもない。 余分なものをすべてそぎ落としたマラソン選手の体型。 ディープインパクトの中に眠っていた“ステイヤー”としての本質を引き出したのは、長距離馬の調整に長けていた池江さんだ。 あれほどのトップスピードを持ち、激しい気性で知られるサンデーサイレンスの産駒。 ディープインパクトの仔が3000m以上の距離をなかなか勝てなかったように、ディープインパクト自身が長距離を走れない馬になっていた可能性もある。 しかし、現役時代のディープインパクトはステイヤーとして開花した。 少なくとも、私の目にはそう見えた。 鞍上の指示に対して素直で、道中も馬なりの感じで進んでいける。 仕掛けると瞬時に反応し、直線のフットワークにはサンデーサイレンスのしなやかさが出る。 あまりにも高いレベルにまで到達した、これまでの常識を突き破るステイヤー。 その認識があって初めて、ディープインパクト産駒の本質を知ることができると私は考えている。 なぜ、ディープインパクトの仔は距離をこなしていくのか? いや、最も不可解に感じている部分は、そこではない。 ディープインパクト産駒における、いわゆる“黄金配合”。 成立している不可思議なニックスにこそ、この馬の本質が現われているように思うのだ。 【過去の連載馬】[第1章]「名物オーナーとの出会い」(フサイチパンドラ編)[第1章]「スペシャルウィークが名馬である理由」(スペシャルウィーク編)[第1章]「サンデーサイレンスの本質」(サンデーサイレンス編)

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    [第2章]現役時代の不可思議な事象(ディープインパクト編)

    ・馬体重を減らして引退 種牡馬としての可能性を探る前に、ディープインパクトの現役時代を振り返っておきたい。 誰もが知る圧倒的なパフォーマンス。 身のこなしが柔らかく、様々な条件に対応できる汎用性を彼は持っていた。 あれほどの華奢な馬でありながら、彼は道悪競馬にも対応。距離への不安もなかった。 道中でのタメが利き、直線でスパッと伸びてくる。 どのレースを見ても、規格外と思える走りばかり。 本当に素晴らしい馬だった。 そのパフォーマンス以外に、ディープインパクトを規格外の馬と感じる事象がある。 それが馬体重だ。 一般的に2歳でデビューする競走馬は、加齢とともに馬体が成長し、それに伴って馬体重も増えていく。これが普通だ。 しかし、ディープインパクトは違う。 デビュー戦の馬体重が452キロだったのに対し、引退レースとなった有馬記念は438キロ。 彼はデビュー時から馬体重を減らした、不思議な馬だったのだ。 ・馬体増が成功の要因になるのが普通 私が管理したスペシャルウィークも、馬体重の増減がそれなりにあった。 デビュー戦が464キロ。 一度は486キロまで増えたが、引退レースとなった4歳時の有馬記念は、デビューと同じ464キロだった。 デビュー当時に付いていた余分な肉をそぎ落とし、その部分に完成された筋肉を付ける。 結果、デビュー時と馬体重がそこまで変わらないというパターン。 珍しいことではあるが、このような馬もいることはいる。 天皇賞や香港カップなどを勝ったアグネスデジタル。 彼もデビュー戦の数字は450キロと小柄な馬だった。 この点ではディープインパクトと同じ。 「それほど大きくはならないだろう」と感じてもいたのだが、そんなアグネスデジタルでも引退したレースの体重は466キロ。 馬体の成長が大輪を咲かす要因にもなった。 近年の名馬ではオルフェーヴルもそうだ。 448キロでデビューした同馬も、引退レースの有馬記念では466キロまで馬体重を増やしている。 古馬になったオルフェーヴルの馬体は、見た目にボリュームアップしたことがわかるほどだった。 しかし、ディープインパクトは違う。 完成された筋肉を得た最終戦が、デビューからの比較で14キロの減。 この数字は小柄で華奢な馬ということを踏まえれば、特異とも呼べるものだろう。 なぜ、このような状況になったのか? その事実にこそ、クラシックディスタンスに強いディープインパクト産駒の秘密が隠れているような気がしてならない。 ディープインパクトの父であるサンデーサイレンスの産駒を、私は数多く管理した。 サンデーサイレンスの特徴を誰よりも知る調教師だという自負もある。 その私の見識のはるか上を行き、現在の生産界を牛耳っているのがディープインパクトだ。 すべてが規格外の馬の本質を知るには、彼の現役時代について、より深く考察しなければならない。 引退レースの馬体重が438キロ。 なぜ、彼はこの数字で引退することになったのか? その理由を次回は探ってみたい。 それこそが種牡馬・ディープインパクトを紐解く重要な鍵にもなる。 ※次回の第3章は5月2日(火)に公開予定です。 【過去の連載馬】[第1章]ダンスパートナー「血を追い求めて」[第1章]フサイチパンドラ「名物オーナーとの出会い」[第1章]スペシャルウィーク「スペシャルウィークが名馬である理由」

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    [第1章]現役種牡馬の最高峰に挑む(ディープインパクト編)

    ・現役種牡馬を考察する理由 一口に「種牡馬」と言っても、現役で種付けを行っている馬と、すでに種牡馬を引退してブルードメアサイアー、ないしは3代前、4代前にいる馬とでは、我々も扱いを大きく変えなければならない。 もちろん、優秀な種牡馬はブルードメアサイアーという立場になっても、強い遺伝力を持っているものだが、代を経て、自身の名が血統表の先へと進めば、おのずと評価は変わってくるし、仔馬を評価する際の優先順位も、当然ながら下がってしまう。 なぜ?  競走馬の値段は、父親の名前で決まるところが大きいからだ。 ニジンスキー、ヌレイエフなどの偉大な種牡馬を、私は実際に見てきた。 そのような体験を持つ調教師は、そこまで多くない。 歴史的な種牡馬を検証し、私だからこその考えで、現代競馬の最深部に迫ってみたい。 そんな思いもあった。 しかし、4月も半ばに入り、多くの若駒がセールへの上場を待っている季節。 予算も決めずに競走馬を購入する人間はおらず、その際に最も重要な部分が現役種牡馬への評価だ。 この時期だからこそ、現役で活躍する種牡馬に対する私の意見を、皆様に伝えるべきではないかと考えた。 一人でも多くのファンが競馬に対する知識を深め、これまで以上の愛情で競馬に接してほしい。 それこそが、積極的にメディアで活動させてもらっている理由。 ならば、この瞬間に求められているものを、私は提供したい。 競走馬を選考する際、私が主軸にしていたのは馬体と血統。 新しい種牡馬が登場し、そのたびに私も自身の考えを更新してきた。 日本だけでなく、アメリカ、ヨーロッパにオーストラリア。 現在進行形で進む私の考えを参考にし、週末の競馬、これから行われるセールへの興味を、より深めてもらえれば幸いだ。 ・ディープインパクトに対するイメージ 現在の生産界の中心にいるのはディープインパクト。 この事実は疑いようがない。 あまりにも種付け料金が高額になり、この馬の産駒を購入できる層は限られてきたが、それでも、現役の種牡馬に限定して話をするのなら、どの馬よりも先に、同馬を取り上げなければならないだろう。 とにかく、傑出した存在だ。 いくつかのメディアで口にしてきたことだが、種牡馬としてのディープインパクトに対し、私は懐疑的だった。 あまりにも小柄な馬体。それが理由。 ノーザンダンサーに代表されるように、小柄でも種牡馬として大成功した馬はいる。 しかし、種牡馬にとって大事な要素は能力だけではない。 大種牡馬になるために必要なもの。それは体力。 どれほどの能力を持ち、どれほどの強い遺伝力を持っていても、数を打つことができなければ、リーディングサイアーにはなれない。 私はその部分に不安を持っていたのだ。 競走馬としては素晴らしい。 しかし、私のような職業の人間は、競走馬の現役時代から、すでに種牡馬としての可能性をイメージする。 あまりにも華奢な馬体だったディープインパクトは、私にとって魅力的な馬ではなかった。 だが、ディープインパクトは私の予想をはるかに超える活躍を見せている。 規格外の馬というほかない。 ※次回の第2章は4月25日(火)に公開予定です。 【過去の連載馬】[第1章]メイショウボーラー「ボーラーとの出会い」[第1章]ダンスパートナー「血を追い求めて」[第1章]フサイチパンドラ「名物オーナーとの出会い」

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    [第2章]ラムタラが教えてくれたこと(ラムタラ編)

    ・ラムタラの導入金額に思う ラムタラが1戦しか消化していない背景について、当時の私は何も知らなかった。 現在もそこまで詳しくないが、年明けに肺の感染症を患ったとの話は聞いたことがある。 それが種牡馬になって影響したのかもしれない。 サンデーサイレンスのシンジケート額は25億。 これは適正価格だったと納得できる。 あの柔らかさとスピード。 血統も現代競馬にマッチしていた。 あらゆる視点から、種牡馬としての成功を予感させた馬がサンデーサイレンスだった。 だが、ラムタラの44億は明らかに高い。 メチャクチャやな──それが当時の印象。 ラムタラはサンデーサイレンスのようなスピードを持っていない。 種牡馬として最も必要な要素を持たない馬に、そんな大金を? サンデーサイレンスを導入した社台グループに対抗する。 そのために日高の生産者が肩を組んで立ち上がった。 そんな言い方をされるが、私はそれが真実だと思わない。 日高の生産者は夢を見たのではないだろうか? かつてのテスコボーイが見せてくれた夢を。 ・生産者の性と時代背景 テスコボーイやファバージの活躍で、プリンスリーギフト系が栄えた時代があった。 それに続く新しい種牡馬を、日高の生産者は常に探していた。 浦河のプリンスオブバーズなどもその類いだ。 1980年代の後半にやってきたバブル経済が、そんな彼らの思いに拍車をかけた。 これまで手の届かなかった世界レベルの名馬。 それが目の前にいる。 ラムタラの導入は、そんな生産者の心と日本の経済状況があった それが44億円というとんでもない金額を生み出してしまったのだ。 クールモアを筆頭とする世界トップレベルの生産者。 彼らのジャッジは常に冷静。 そして、適正よりも高い金額で売れると判断すれば、どれほどの名馬であっても売ることに躊躇しない。 時に私の目には、彼らが種牡馬を“こしらえている”ように見えることもある。 それこそがビジネス──弱肉強食の世界だ。 ・種牡馬が成功する重要な要素 父はニジンスキー、母父はブラッシンググルーム。 ラムタラの血統は確かに素晴らしい。 どちらも私の大好きな種牡馬だ。 なのに、食指が動かなかった。 なぜか? 種牡馬になってからのラムタラも私は見た。 そこにいた彼はあまりにおとなしい馬だったのだ。 種牡馬は気性が激しいくらいでないと、自身の特徴を産駒に伝達できない。 それが私の持論。 ラムタラ自身は物凄い勝負根性を持っていた。 だが、彼は長所を産駒に伝えることができなかった。 伝えられないような印象を、目の前にいたラムタラに私は感じたのだ。 栗毛で綺麗な馬。しかし、凄みがない。 おっとりしたヤツはあかんわ。 ラムタラという馬を振り返った時、そんなことを私は思う。 導入された時の喧騒は凄かった。 だが、いつの間にか「ラムタラを付けるの、やめたら?」。 そんなジョークを言われるような存在になってしまった。 神の馬と言われ、奇跡の馬と称されたラムタラ。 だが、彼は失敗してしまった大物種牡馬の代表。 残念ながら、これは疑いようのない事実なのだ。 【過去の連載馬】[第1章]アグネスデジタル「デジタルとの出会い」[第1章]メイショウボーラー「ボーラーとの出会い」[第1章]ダンスパートナー「血を追い求めて」

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    [第1章]神に選ばれた馬(ラムタラ編)

    ・不世出の名馬 すべてのホースマンの憧れであるダービー。 世界各国にダービーと名の付くレースがある。 その原点はイギリスのエプソム競馬場で行われるダービーS。 いわゆるエプソムダービーだ。 このエプソムダービーを、わずか1戦のキャリアで制してしまった馬がいる。 神の馬、奇跡の馬とも言われたラムタラ。 彼にとって、エプソムダービーの勝利は伝説のスタートに過ぎなかった。 デビュー3戦目は春競馬の総決算・キングジョージ6世&クイーンエリザベスS。 のちにGIを2勝するペンタイアを、激しい競り合いの末に下したレースだった。 秋は欧州競馬の最高峰・凱旋門賞に出走。 1971年ミルリーフ以来となる史上2頭目の欧州三大競走完全制覇を達成した。 そこまでに至るキャリアは、わずかに4戦。 これほどまでエネルギーを使わず、大レースを手中に収めてしまった馬は記憶にない。 ラムタラの登場する前だけでなく、その範囲を現在まで広げてみても同じだろう。 だからこそ、ラムタラは神の馬と呼ばれたのだ。 だが、我が国でのラムタラは、神の馬にも奇跡の馬にもなれなかった。 鳴り物入りで導入された日本へとやって来た種牡馬・ラムタラ。 しかし、彼は期待された活躍を見せることが出来ず、最終的には“失敗”の烙印を押され、イギリスへと戻ることになる。 あまりにも悲しい結末──これだけの馬を活かせなかったのだから、残念というほかない。 しかし、当時からラムタラの種牡馬として成功を、私は疑問視していた。 おそらく難しいのではないか、と。 ラムタラが導入された経緯、ラムタラが失敗した理由。 ラムタラに関する私の考えのすべてを、読者の方々に伝えようと思う。 デビュー2戦目でダービー制覇を果たした神の馬ラムタラ。 その伝説のレースを私はこの目で見ていたのだ。 ・わずか1戦のキャリア 1995年、6月10日。 イギリスのエプソム競馬場に私はいた。 英国ダービーは単なるビッグレースの1つではなく、この国の競馬における重要な社交の場でもある。 ゆえに正装が常識。 誰もがシルクハットを被り、蝶ネクタイをしてパドックへと向かう。 私もそうだった。 日本ダービーと似たような混雑をイメージし、早めに馬場へと向かった。 しかし、その場所には観客がほとんどいない。 競馬へのアプローチが、日本とはやはり違うな。 そんなことを考えていた時だった。 1頭の栗毛馬が、私の目の前を通過していく。 それがラムタラだった。 出走している馬の知識など、ほとんど持っていない。 どんな馬なんやろか? 手にしている成績表に目を移してみる。 しかし、そこに載っていた彼のキャリアは、わずかに1戦しかなかった。 賞金の加算に奔走し、なんとかダービーに間に合うように馬を作っていく。 それが日本の常識。 こんなのでダービーに出れんの? ずいぶんと楽な世界やなあ。 ラムタラに対しての感想はこれだけ。 目の前を走っていた栗毛の馬に、そこまでのインパクトを私は感じていなかったのだ。

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